必死
今年もメジロが白のハナミズキに巣を作って巣立っていきました。ちなみに昨年は黄緑の色がとても綺麗なメープル”プリンストンゴールド“の木の高いところに作ってた。
いつも梅雨前の5月ごろにアプローチの植木を剪定するのですが、ハナミズキもボサボサで風通しが悪そうだったので、「さぁ〜」と思った瞬間まんまるの目と目があってしまいました。 静かに一歩二歩と下がって少し観察。 卵を温めてるのかな?大人しく座ってるので、とりあえず剪定はやめてこのままに。
それから気がつけば声がしてる!6月の初め頃かな
やっぱり卵を産んで温めてたみたい。それから孵化したんだね。親鳥が帰ってきたら大騒ぎ。かわいいな〜必死で口を大きく開けて鳴いている。 親鳥も必死に餌集めに飛び回ってる。figには2株地植えしているバラがあって、毎年すごい虫がつくんだけど今年は少なかった。葉っぱもあまり食べられず。きっとバラにつく虫をいっぱい取って食べさせてあげたんだろうな〜いい食物連鎖が庭で起こってたんだな。
そんな必死な子供を見てたら、ふと思った。
子供っていつも必死だな〜って
悲しくて泣く時も、楽しくて笑う時も、腹立って怒る時も、嬉しくてしょうがない時も。
この必死さを尊重してあげるだけで立派に育つんだろうな〜なんて
そしてあっという間にメジロの雛たちは元気に巣立って行きました。 ちょっと寂しい。。。泣き声も気配もない。 短い間でもあったものがなくなるのは寂しいな。特に生き物だしね。 その後も少しの間バラの木に食事に来てましたが、最近は見なくなった。 元気かな?どこかでがんばって生きてるのかな。
メジロの卵から巣立ちまでの約1ヶ月を観察すると、生きるということを簡単にでも生々しく見れた気がした。それはメメントモリの数少ない言葉と写真で構成されたすぐ近くにある見落としてしまいそうな世界と確実に繋がった出来事だった。一度1匹の雛が巣から落ちたことがあったんだけど、捕食者に見つかるかもしれないような大きな声で泣き続けてた。自然界に手を差し伸べるのは良くないことだと分かっていながらも巣に戻してしまった。雛の最大音の叫びに動かされてしまったんだろうな。そこは常に必死があって諦めとかそういう概念が存在しない気配と、それとは逆の簡単にその気配を壊すものがある世界。
つまりは必死じゃないと飲み込まれちゃう。
だから子供は必死なんだ、きっと。
もちろん子供だけじゃないよな
歳は関係なく、僕たちもなんでも精一杯しないと何も動かないし意味を成さない。逆かな??
精一杯してれば意味を成す
まーどっちでもいいね
なんでも必死に精一杯
よかったら皆さんもぜひ!
あっ
それと助けた子は無事に巣立って行きました。
よかった。
来年また楽しみだな。
これは娘が読んでた本 「メメンとモリ」
僕が読んでたのは「メメント・モリ」藤原新也